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笠ヶ岳登山記2009.9

笠ケ岳登山記

 台風14号は大きく反れ日本の東方海上に去った。9月21日は室戸台風、
9月26日は洞爺丸台風、伊勢湾台風が本土を縦断し大きな被害を与えたので台風特異日と言われる。
この時期に台風の進路が大きく変わったのも温暖化現象の影響かと思いながら、
今回は大丈夫だろうと、前週強風雨で撤退した笠ヶ岳に再度チャレンジ。
 シルバーウィーク5連休の最初の日なので4時半に横須賀を発つ。
交通情報では早くも東名沼津、東北上河内で20キロ近い渋滞。幸いに中央はほとんど渋滞が無く松本ICまでは順調。
ICを降りると158号線が渋滞。原因は分からない。
この状態が30分も続くのなら戻って乾徳山にでも登ろうかと話している内に渋滞は解消。
新穂高へは9時半頃着く。
先週停めることの出来た無料駐車場は朝3時には満車になったと係員が言う。
これだけでも山小屋の大混雑が予想される。

9時50分登り始める。途中追いついたかなり年上と思われる登山者と話しながらゆっくり進む。
今日はわさび平小屋で友人を待ち双六、三俣蓮華、鷲羽、水晶と裏銀座を縦走すると。
失礼ながら年を聞いたら72歳と。男の健康年齢の限界。
自分はこのままの体型では絶対に無理だろう。
日常生活を真剣に律して行かなくては完全に無理。

わさび平小屋で昼食。来る前に荷物の用意をしていたらコップが無い。最近本当に良く忘れる。
可能性のあるのはここしかないので駄目もとで、
「先週ここに泊まったのですが・・・」と聞いたら、ある。 信じられない。
山男は素晴らしいと再認識。

わさび平小屋の外にあるテーブルはほとんど埋まっていた。皆さんゆっくりしている。
ここ泊まりなのだろうか。
当初予定していた笠新道は日本アルプス3大急登と言われている。体力を考え、
距離はあるが比較的楽と思われるルートに変更。
泊まりの鏡平小山では3時間半。いたどり平、ししうど平と登りが続くが、
時間的に余裕があったので遅めのペース。
息が切れる事は無かった。登る人より下る人のほうが多い。
わさび平小屋泊まりか、それとも無理をして自宅に帰るのだろうか。
小屋まで数百メートルのところに登山者の一人が靴を脱ぎ、太腿からふくらはぎまでをしきりに擦っている。
痙攣を起こしたらしい。3人できたと言うが二人は先に行ってしまったと言う。
一人残り一人が山小屋に連絡すべきだと思うのだが。
連れがバンテリン軟膏を渡す。たっぷり塗って入念に揉んでいたが、かなり辛い様子。あと少しだから頑張って、ゆっくり来て下さいと言って先に行く。
最後の斜面を登り切ると右手間近に槍、穂高が迫って来る。槍は尖り、穂高はでかい。
チェックインすると食事は7時15分と告げられる。
普通なら5時食事で8時には消灯なのに。今晩は5thシッティングまである由。
最後の夕食は8時。
収容人員120名に対し2倍以上の登山者がいるのでは仕方が無いだろう。時間が有りすぎる。
例によって小屋の外のテーブルで槍穂を酒の肴に飲み始める。2人で飲んでいたが、席を探していた若夫婦を隣へ誘う。
陽が陰ってきたので寒くなった。ウィンドブレーカーにフリースを羽織ってちょうど良いくらい。
双六、三俣蓮華方面から霧が降りてくるが、槍穂の中腹より下に降り夕日に映えた山並みがくっきりとその姿を楽しませてくれる。先ほど倒れていた登山者が御礼にと言ってポケット瓶を差し入れてくれたので、気が付いたら槍穂がシルエットになるまで、トータル1本以上飲んでしまった。

山小屋の食事は概して期待はずれのことが多い。
ここの食事は翌日頼んだ2色の弁当も含め優の部類に入るだろう。空いていたらここでもおかずを肴に酒が進んだことだろう。
定員の倍以上の宿泊客だから蒲団は二人に一組。この年になってからアラカンの友と寝床を一緒にするとは思っても見なかった。ただ隣に寝るだけで恋人同士なら期待に胸を躍らせる事だろう。
一度目覚めるとあちらこちらかの鼾で再び寝付くのが難しい。もっとも小生の鼾は半端でないらしいので文句を言えた義理ではないが。
弁当を2つ頼んだ理由は朝食が5時からで早い者勝ち。250人近くの登山客がいるので何時に起き、どれくらい並んだらよいか予測が付かない。

日の出は5時半過ぎなのでそれまでに小屋を発ちたい。小屋を出ると快晴。
小槍、槍、中岳、南岳、長谷川ピーク、大キレット、それに続く北穂高、奥穂高、ジャンダルム、西穂高と続く穂高連峰の雄大な姿が眼前に迫る。本当にラッキーだった。彼らは今日一日中その姿を隠すことは無かった。
今年は本当に天候に恵まれなかったが、お釣を返し過ぎてもらったような気分。

5時20分鏡平小屋を出る。弓折乗越までの小一時間の辛い最後と気合を入れ、気を引き締めて登る。乗越は峠、コルと同じ意味。
槍穂を眺めながら朝食。近頃山小屋の弁当の中では白眉。
お酒が欲しいくらいであった。少しご飯が硬めだったが全て平らげる。

これからは雲上散歩と思ったが意外と上り下りが厳しい。それでも左に槍穂、左前方に焼岳、乗鞍岳、御岳、右前方から後方へ白山、黒部五郎、薬師岳、水晶岳、
鷲羽岳、双六岳、三俣蓮華岳を見ながらなので疲れを感じない。
笠新道の出会いで笠ケ岳山荘に泊まるか新穂高温泉まで一気に下るか、結論を迫られる。
出会いから往復約3時間。泊まる場合11時過ぎに今日の仕事?は終わる。酒好きの二人とはいえお天道様が天頂に付く前に飲み始め、夕方まで続けるのは後ろめたいし、身体にも良くない。
笠新道を下る事にする。ザックを下ろしペットボトル一つを持って笠ケ岳頂上へ向かう。10時50分笠ケ岳に到達。頂上からはさらに数え切れない名山が望まれた。甲斐駒ケ岳の左手に富士山、右へ北岳、仙丈岳、間ノ岳、塩見岳、荒川三山。
槍穂高の壁が無ければ更に20以上の名山が望めたに違いない。それを望むのは無理と言うもの。
このような天気にはもう2度と会えることは無いのだから。新穂高温泉に泊まるとなるとシルバーウィークの真っ只中。旅館、ホテル、民宿は満杯に違いない。
我が友は用意が良い。15軒以上の民宿などの電話番号をメモして来た。トライ続けること8件。
やっと空きを見つける。
焼岳の里という民宿。内容はどうでもよい。
温泉でゆっくり汗を流せればそれで良い。
笠新道の降り口で昼飯。杓子平までは垂直に感じるほどの急斜面。皆さん息を切らせて上ってくる。

1時前に下り始める。笠新道は下りでも神経を使うほどだから登る人は大変であろう。
我々の下りは順調だった。途中上り口まであと1時間くらいのところでこれから登っていく人に会う。
そのペースを考えると到底暗くなる前に笠ヶ岳山荘に着く無理。7時は優に過ぎるであろうと予想されるので他人事ながら心配になった。
温泉、酒と思いながら下り笠新道の登山口に付いたのが16時15分。
タイムテーブルとり1時間近く早い。新穂高ロープウェイ駐車場に着いたのは17時15分。
今日は食事時間を入れて12時間以上歩いた事になる。こんなしんどいスケジュールは飯豊山縦走以来。膝が良く持ってくれた。
民宿まで数分。空きがあっても当然?という感じであったが、掛け流しの露天風呂は良し単純硫黄泉でツンと鼻をついてくるのが良い。
しかも噴煙を流している焼岳は目の前にでんと構えている。いわなの骨酒これまた良し、食事も値段の割にはコストパーフォーマンスが良かった。露天風呂は24時間入れるので足を揉み揉み何回浸かったろうか。
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# by shonanboy-no1ID | 2009-10-11 15:56 | 登山

空木岳山行 -2009-

空木岳山行

 中央アルプス・南アルプスの山に登る時、また年に1回の木曽駒カントリーでのゴルフの時も、良く伊那谷宮田村で村会議員をしている大学時代の友人の家に泊めてもらう。
 今回は空木岳
小学生の頃から地図を見るのが好きだった。初めて空木岳の文字を見たとき読めなかった。
父母にも聞いてみなかったので中学生の頃までソラキと読んでいたような気がする。ちゃんと読めたのは空蝉を知ってからか。
5時にM君の家を出る。中央西線須原駅近く、19号線伊奈川の橋の袂で同行のH君と待ち合わせ。パラパラ雨が降っていた。強くなったら引き返し、温泉でゆっくりと言う事で取り敢えず登山口へ向かう。
ダム建設用に作られた伊奈川林道を30分余り、今朝川橋近くの駐車場へ。雨は上がったので決行。ウサギ平登山口まで1時間半少し。単調な林道歩きはボアーリングだ。9時本格的な登りが始まる。また雨が振り出したが樹林帯を進むためほとんど気にならない。
ワンピッチ50分のペースで登る。小生は太っているので水の取り方が異常なほど多い。他の仲間の2倍は取る。水も2L持ち、体重も20KG近く多いので仕事量は3割り増し。6合目の吊橋の袂でおにぎりの朝食。最初の計画が余裕を持っていたのか2時間以上ペースが速い。
7合目の仙人の泉で水を補給。山小屋までは十分余裕があるのだが念のために。8合目の見晴台で昼食。ここには新旧2本の案内板があるが凄くいい加減。かなりに時間差がある。地図とも違う。最近、地図の行程時間は中高年山登りブームを反映してか昔の地図よりかなり長くなっている。体力のある?我々は大体20~25%早い。8合目付近の登山道はオオシラビソ、シラビソの樹林帯で山肌は熊笹に覆われ、今日のように小雨に煙る風情はなんとも言えず、疲れた肉体を癒してくれる。
8合目から今日泊まる木曽殿山荘まで70分。相棒の持っている20年近く前の地図の通りで、新しい小生の地図には1時間半となっていた。予定より2時間は早く、1時半に山荘に着いた。同じ道を登ってきたと言うご夫婦が外のベンチで美味しそうにビールを飲んでいた。我々も飲むしかない。チェックンを済ませ、着替えてから外のベンチで飲み始める。山登りの楽しみの一つは、雄大な景色を眺めながらの酒。幸い雨も上がり空木岳第1ピーク、北面が花崗岩で真っ白の南駒ケ岳もその姿を現せた。当初2泊の予定だったが、山小屋が取れず1泊となった。酒も2日分持ってきたのだが、明日は温泉泊まり。残す必要が無いので2時間程でウイスキーほぼ一本が無くなった。霧も湧き、寒くなったので室内へ。相棒は部屋で先ほどのご夫婦と話していたが、小生は下の食堂で旅のメモを書き。
今日の泊まりは我々とご夫婦、それに例のトムラウシ遭難事件のアミューズメントツアー御一行20人。夕食時、彼らをさりげなく観察していると、ほとんどの人が1人で参加しているようだ。やはり女性が多い。50歳以下と思われる人は2~3人。ツアーコンは4人。1人は団塊より上、後は若かった。宝剣岳を越えてきたようで8時間以上は歩いている。到着も4時は過ぎていた。かなりなアップダウンなので疲れていることだろう。一緒になったご夫婦は長岡から。かなりのご経験のようだ。
翌日我々より少し早く出発したがペースが凄く早い。南駒ケ岳への到着は我々より1時間近く早かったのではないか。消灯は8時。いびきのひどい小生は食堂脇の10畳ほどのスペースを特別に与えてもらった。これで他の人に迷惑を掛けないで済んだ。
飲み過ぎ、水の取りすぎで何回も厠に行く。空には満月。そうでなければ満天の星星を楽しめた事だろう。明け方、南天に冬の星座、オリオン座のペテルギュウス、リゲル、大犬座のシリウスが、下界に比べひときは光り輝いている。下の木曽谷方面には恵那の町の灯が輝いている。今年初めて上天気の中の山登りになりそうでワクワクした。
4時起床。4時45分朝食。5時20分出発。第1ピークを見上げると首が痛くなるほどの急登。痩せ尾根をジグザグに一歩一歩ゆっくり進む。花崗岩が細かく砕けた登山道は甲斐駒と同じ様に滑って歩き難い。同じ花崗岩なので伊那谷を隔てているとはいえ、南アルプスと中央アルプスは同じ時期に造山運動を起こし、現在の山並みが形成されたのだろうか。第1ピークまで登るとやっと空木岳本峰がその切り立った姿を見せる。第2ピーク、本峰も第1ピークとの標高差はさほど無い。頂上への到着は6時40分。花崗岩の岩峰の鋭い頂上。全く雲が見えず快晴。東は甲斐駒・仙丈・北岳・間ノ岳・塩見・赤石・聖と3,000メーター以上の山々、西は御岳・乗鞍・白山・南は恵那山・北は槍・穂高、数えたら30座以上の百名山を眺めることが出来た。今までの登山で最高の天気ではないか。天気が良いと周囲の山々を地図と確認しながら、あれは何、これは何と瞬く間に時間が過ぎてしまう。伊那谷側の駒ヶ根市に週末来ているクラブの先輩に電話を入れる。別荘が見えますよと。30分近く頂上に居たろうか。予定では駐車場までまだ8時間も歩かなければならないことを考えると、目的を達した今はうんざりする。1時間近く稜線を歩くと伊那谷から早くも雲が湧き上がってくる。反対側の木曽谷は快晴。はるかに御岳と乗鞍の頂上に雲がかかっている程度。どうしてか不思議でならない。二三ピークを過ぎ南駒ケ岳まで来ると伊那谷側は霧に包まれ何も見えなくなってしまった。霧は稜線からを越えず垂直の登る。仙崖嶺の難所を越え最後のピークである超百山に着いたのは11時45分。昼食。木曽殿山荘の弁当はおにぎり2つと2切れの沢庵、たらの干物。米もまずく、半分以上がゴミ袋行き。あれで1,000円とは暴利。越百小屋まで30分。いつもは遅れ気味の下りが絶好調。どうしてか自分でも分からない。しかも膝に不安があるのに。越百小屋は予約無しで泊まれるが、今日は後から来るアミューズメントツアーの一行が予約してあるそうで満杯。1人で登って来た方が泊まれず、避難小屋なら空いているらしいが、寝袋も何も用意していないので困っていた。登山口までの3時間弱、10人以上の登山者にあったが彼らはどうするのだろうか。もっともかなりの装備の人ばかりだったので避難小屋には十分泊まれると思うが。最後の1時間は林道歩き。今日は11時間の行程。アラカンにはかなりハードな山行だった。後は温泉と酒が待っている。
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# by shonanboy-no1ID | 2009-09-19 10:58 | 登山
夜中に目覚めると雨が窓を打っている。ここまで来たのだからと、よほどの雨風で無い限り、自分は行くつもりでいた。
4時前に朝食を終え部屋に戻ると二人はこの小屋で待っていると言う。T君は3回目なので分かる。しかし初めてのS君も待っているというので、一瞬行動を共にすべきかと思った。もう一度外にでて確認したが、小雨程度なので自分ひとりで行くことにした。
荷物も水と非常食、医薬品、カメラ程度なので殆ど負担にならない。
4時半出発。晴れていれば明るいのだが、少し暗いのでヘッドランプをつけて行く。駐車場に熊の親子の目撃情報があると警告があった。
前後誰も居ないのでふと不安になる。鈴も持って来なかった。中学、高校、大学の校歌、応援歌を大声で歌いながら進む。
本谷山は標高2658M。標高差は殆ど無いのだが登り返しが2度。それでも順調に歩を進める。地図上1時間10分を50分。そこから塩見小屋2766Mまで2時間のところ1時間25分。塩見小屋から頂上へのアタック?を諦めたのであろうか。
下ってくるパーティに会った。塩見小屋までは頭上に木が生い茂っていたので風雨は殆ど木にならなかった。そこを少し行くと榛松、高山植物帯に入る。遮るものが無く、まともに雨風を受ける。頂上を諦めた人は少ないことが分かった。
昨夜塩見小屋に泊まったのだろう。何ももたずに下りて来る数パーティーに会う。
途中2箇所ほど急な岩場があったが危険というほどでは無い。それでも慎重に3点支持で上り切る。
7時45分塩見岳西峰3147M。頂上には自分より先に4人が到着していた。
7時48分東峰3152M着。風雨が強く、カメラが水に濡れるのを恐れ、証拠写真を撮るのを諦める。
これで百名山70座を踏破したことになるが、最も天気の悪い中での登山となった。周りは雨、霧で何も見えない。喜びの無い山登りとはこういうことかと思った。直ぐに下山。
帰りは本谷山で水を飲んだほかは一目散で下り、11時少し前に三伏峠小屋着。タイミングよく友が昼飯の用意をしていてくれていた。二人も既に飲んでいたのでまずはビールを一杯。
即席ラーメンでも山で食べるのは本当に美味しい。山登りは肉体労働なのだろう。小屋からの下りも順調。
1時間半で鳥倉林道登山口到着。赤石湯の天空に浮いたような風呂で汗を流し、T君ご推奨、信州遠山郷下栗の里、民宿ひなたへ。
ここ下栗の里は日本のチロルと呼ばれるそうで、晴れた日には目の前に聖岳がど~んと雄大な姿を見せてくれるらしい。
今日は雨の中を立ち昇る霧ばかり。宿の女将も若女将も気さくで心温まるもてなし。外のよしずの下で早速お新香を肴に酒盛り。程なく夕食の用意が出来たので部屋に戻り、飯田の銘酒喜久水を楽しむ。
料理も地場で取れた野菜を中心に美味しい。特にジャガイモの五平餅風が気に入ったのでおかわりをした。雨で他のお客さんのキャンセルが相次ぎ、美味しいというとどんどん料理が追加された。
赤石の湯で体重を量ったら79キロを割っていたので喜んだのに、食事後の時点では簡単に大台に復帰していたことだろう
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-23 21:13 | 登山
翌朝8時半木曽福島の駅で名古屋からの山の大先輩の後輩T君、塩尻で横須賀から来たS君をピックアップし中央道伊那路を南下。
車内での会話で、聖は飯田ICから登山口まで遠く、また聖平小屋まで8時間近く掛かるので到着が7時すると予想されるので、今度は塩見岳に変更。
これが結果的にはグッドディシジョンだった。もっともこの変更は直接小屋と連絡が取れないので、静岡市役所の井川支所経由でしなくてはならず、T君は大変苦労していた様子。特に遅くなるので食事を特別に頼んだ経緯もあり恐縮していた。
松川ICで下り、伊那大島駅近くのコンビニで食料を仕入れ、大鹿村へ。立派に舗装された鳥倉林道を通り、終点の越路の駐車場に着いたのが11時45分頃。駐車場は30台以上の車で満杯。
道路脇に停める。立ったままおにぎりを食べ、12時15分登り始める。やや強い日差しの中の林道歩きは単調で気分的に疲れる。30分ほどで林道と別れる。林道歩きで足が慣れていたので直ぐの急登も少し楽だった。ベテランT君が良いペースで足を運んでくれるので助かる。
今日泊まる三伏峠小屋まで地図上では3時間30分掛かるところ、2回の小休止を入れ3時間弱だったので、まずは順調。
南アルプス、特に南部は森林限界が高く、尾根歩きでさえ眺望が効かないのが難点。黙々と登るといった感じ。また山が深いのでアプローチが長く、他の百名山に比べ訪れる人が少ない。簡単には登れないので、昨今の登山ブームから若干取り残された感じがあるが、それは山好きには好都合。
夕食まで2時間近くあるので外で他の登山客と話しながら早速飲み始める。途中から冷えてきたので部屋に移る。
三人とも呑兵衛なので持参するつまみもピーナッツ、せんべいの類は無い。何時も酒が足りない感じである。明日があるので控えたがウィスキー、ブランディー合計で約一本、三合の酒が瞬く間に無くなる。
ここの山は食事の際、酒を頼む人がいないのはどうしてだろうかとふと不思議に思った。2615mの高さにある山小屋にしてはかなりの夕食。酒もかなり進む料理。部屋に戻ると横になっている人もいるので大声で話すわけにもいかず。
消灯は8時であったが明日は3時起きなので7時前には横になり、いつの間にか眠ってしまった。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-23 21:07 | 登山
台風3,4号の後、太平洋高気圧の勢力が強くなり梅雨前線は一時的に北へ押し上げられ、西日本から関東に掛けては真夏日が続いていた。
押し上げられた梅雨前線は新潟北部下越から東北南部に停滞、計画していた火打山、妙高山、雨飾山の北信地方も荒天が予想されていたので、急遽南アルプス南部の聖岳に変更した。
前々日早暁伊那宮田村村会議員をしている学生時代からの友人宅に1泊。朝取りの野菜中心の朝食を頂き、権兵衛トンネルを抜け、木曽駒高原カントリ倶楽部へ。
名古屋単身赴任時代の友人と年に一回のゴルフ。亡くなった人、老齢化で、オリジナルメンバーが少なくなり、今回は共済組合関係の弁護士さん2人を中心のグループが加わり、4パーティーのコンペとなった。
木曽駒、御嶽山の頂上は残念ながら見えなかった。標高1200メートルの高原でも気温は28度、下界でのゴルフと変わらない。
コースの途中にフリーの清涼飲料水が冷やしてあるのはありがたい。
パーティーの皆さんは始めての人ばかりだったが、楽しくプレーできた。宴会も盛り上げあり部屋での二次会まで付き合ってしまった。持参した羽黒の酒の評判が良く、宅配して欲しいと商いまで出来てしまった。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-23 21:03 | 登山
7月3日、今日も快晴。友はまだ寝ていたが5時過ぎに軽くジョギングに。港近くのペシ岬展望台へ。数十メーターの小高い丘。斜面にはエゾカンゾウ咲き乱れる。
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ターミナル近くの食堂が一軒開いている。財布を取りに旅館に戻りまたその食堂へ。若布サラダにビール。蝦夷馬糞雲丹が旬というので友を携帯電話で呼び出す。100グラムで2500円もしたが一昨日の夕食と違い新鮮で超美味しい。
一本のビールが3本になってしまった。15時30分のフライトまですることが無い。
礼文島の香深に渡り、レンタカーを借り北半分を回ることにする。
10時5分のフェリーで礼文島へ。海は油を流したように静か。時間がなかったので礼文高山植物園とスコトン岬しか行けなかった。
植物園では絶滅が心配されているレブンアツモリソウを始めとする高山植物を栽培保存されている。自然に植生する高山植物が急激に少なくなっているのが残念だ。
是非再生させ後世に残してほしい。
昼飯を諦めればもう少し回れたのだが皆が「うに丼、うに丼」といってうるさい。自分もそれにはまったく依存は無い。東京で豪華なランチが食べられるほど良い値段だが、本当に美味しかった。満足、満足。
14時45分のフェリーで鴛泊へ戻り、旅館のマイクロバスで空港に送ってもらう。マイクロバスが無ければかなりの時間のロスとなったことだろう。また登りに来て下さいと言われたが何時になることやら。百名山を全て踏破した後になることは間違いないであろう。それにしてもこんなに良い天気が続くことは稀だろう。
15時30分利尻空港を後にする。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-13 21:27 | 登山
7月2日3時起床。昨日にも増してよい天気。
3時48分日の出
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旅館の従業員の話では6月4日以来初めて拝める日の出とか。本当にラッキーだ。
4時、マイクロバスで登山口まで送ってもらう。ここで知り合った青年からこの山ではキジを撃つことが出来ないと聞いた。400円でビニール袋のようなものを購入し、数箇所にあるトイレブースで用を足すとか。
それなら入山料を500円でも1,000円でも徴収してバイオトイレを設置したら良いと思うのだが。
4時20分登山開始。登山口から頂上までの標高差は約1,500メートル。順調に行っても休みを入れたら6時間の予定。
日本名水百選の甘露水まで平坦な登り。蝦夷松の大木も4合目を過ぎるころになると低く細くなる。蝦夷松が消えるとダテカンバ。それも同じように低く細くなる。6合目の第二展望台で大休止。
旅館が用意してくれたおにぎりの朝食。おかずも数種類あり朝飯としては味は別にして豪華。ダテカンバは背の高さほど。眼下に利尻空港、その向こうに礼文島、右手に宗谷岬、サロベツ原野、背後には標高1218メートルの長官山。明治時代に北海道長官がここまで登ったことからこの名が付いたらしい。利尻の頂上は極められなかったのか。長官山から頂上が指呼の先に見えるが、頂上直下のガレバは難渋するらしい。
九合目を過ぎると森林限界というか榛松も無くなり、ボタンキンバイ、リシリハクサンイチゲが登山道の右左に咲き乱れる。もっと多くの高山植物出会えると思ったが期待外れだった。
ガレバは火山岩が細かく砕かれ、すごく歩き難い。下りは幸いにロープが張ってあるので登りより楽だろう。九合目を過ぎ20数名の団体客が下りてくる。例によっておばあさんばかり。
登りの我々が待ってあげているのに、先頭の旅行会社のリーダーの中年女性はありがとうの一言も言わない。こんなリーダーに引率された客は可哀想だ。
山のマナーを学べないのだから。
10時1718メートルの頂上着。ほぼタイムテーブル通り。これで100名山は69座目。利尻岳は双耳峰で北峰より南峰が3メートルほど高いが、北峰と南峰の間の道は崩落して危険なため閉鎖されている。
頂上からはサハリン(樺太)がはっきりと見えた。距離にして60‐70Kmほどか。北の果ての利尻岳も百名山ブームで頂上は大混雑。即席ラーメンとビールの昼飯。荷物は軽かったのでトマトとかきゅうりを持って来れば良かったと後悔。
酒もいつもなら他のものを置いてでも持ってくるのに350缶二本だけ。それだけこの利尻岳を手強いと皆が見ていた証拠かもしれない。
11時下山を始める。下りのガレバはロープを伝って楽に下れた。1時間半ほど過ぎた長官山でもまだ登る中高年のグループに出会う。日が落ちるまでに麓に戻れるのだろうかと人事ながら心配になる。
登るときはさほど感じなかったが下りの道のなんと長く感じることか。抜きつ抜かれつして来た和歌山からの二組の夫婦。これから旭岳、羅臼、斜里など北海道の百名山を総なめにするらしい。完全リタイアー組みと思われる。年を考えると元気な一行と感心した。夫婦でそれも二組で百名山を踏破する、羨ましい限りである。
甘露泉2時半着。例の二組の夫婦も含め10人以上が美味しい水を飲みながらゆっくりと達成感に浸っていた。14時45分これもほぼ予定通り登山口に着く。
甘露水をたくさん飲んだのでビールは美味くないと思ったが旅館まで我慢することが出来ず、無事に戻れたことに乾杯。
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旅館からマイクロバスで利尻温泉に連れて行ってもらう。昨日も入ったが硫化鉄系の軟らかい温泉。ゆっくりと汗を流し食堂で再度乾杯。疲れてはいるが友も達成感からか良い顔をしている。夕食は昨日と同じ食堂だが、昨日は一人で寂しく飲んでいた山形から来た青年も引き入れ大宴会。それでも足りず部屋に戻ってからも飲み続ける。山形からの青年は我々のペースに着いて来れず、途中でリタイアー。それを潮時に我々も眠る。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-13 21:24 | 登山
昭和46年、大学3年の夏20日間で北海道1周した時は利尻島には行けなかったが、礼文島桃岩付近から見た夕暮れ時、赤紫、ピンクとも表現できない色に染まり、凛と海上に聳え立つ利尻岳の印象は余りにも強烈であった。
屋久島と種子島利尻島と礼文島の同じような関係、片や急峻な山並み、片や丘のようになだらかな姿の対照にも興味を覚えたことも思い出した。
それ以来早く来たいと思っていたが、30数年後にやっと実現した。今回も諏訪、金杉の両君に同行してもらう。
7月1日10時、梅雨模様の羽田空港を発ち新千歳空港経由利尻空港へ。
北に上るに従い天気は良くなった。新千歳空港からはカナダロンバルディア社のプロペラ機、60名ほどの乗客のほとんどが利尻岳を目指す登山者。
進行方向左側にウミウで有名な天売島、焼尻島がぽつんと姿を見せている。
40分ほどで利尻岳が視界に入る。天気は快晴。雪は沢筋に少し残っている程度。頂上付近に雲が少し流れている。それをほぼ一周するように飛行する。着陸方向を考えるとかなり無駄なルートを取ったように思える。
後で聞いたら機長は利尻島に魅せられ希望してこのルートを飛んでいる方。サービス精神旺盛な人で利尻岳をほぼ一周してくれたようだ。
今日お世話になる旅館マルゼンから出迎えの車が来ていた。鴛泊の町までの途中でエゾカンゾウの大群落に歓迎される。形色ともニッコウキスゲに似ている。
鴛泊の町は利尻大明神の夏祭りの真最中。全島で人口8千人。祭りの盛り上がりには程遠い感じだったが、この町では最大のイベントなのだろう。夕方まですることがないのでレンタカーを借り、島を一周する。道路は完璧に整備されている。行き交う車はほとんど無く運転はすごく楽。
鴛泊から時計回りの反対に周り、まず沓形の町へ。礼文島まで数キロだろうか。対岸の家まではっきりと見ることが出来るほどの距離。
道路わきに湧き出ていた利尻岳の伏流水は今まで飲んだ水で一番美味しかった。仙法志の町で利尻町立博物館に入る。
鰊は最近ほとんど取れず、雲丹、昆布位しか漁業資源はないと言う。その漁業が本土からの出稼ぎ者が始めたようだ。庭園に回ったら蝉が鳴いている。自宅近くではまだ蝉の声を聞いたことがないのに、こんな北の島で、まだ涼しいのに蝉が鳴いているのはどうしてだろうか。
オダトマリ沼は人気があるようだ。
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観光バスが10台以上停まっている。中には北海道10日間の旅とプレートに書いたバスもある。お客さんの8割は中年いや老年の女性。
山でも彼らは主流を占めている。何であんなにも元気なのだろうか。6時から港近くのマルゼン食堂で夕食。雲丹に期待したが、形が崩れた何日も経っているようなもので不味かった。明日は早いのでぐっと堪えて酒をセーブする。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-07-13 21:20 | 登山
翌朝4時起床。5時朝食。5時40分出発。天気が良ければ十文字峠を回る尾根筋を辿る予定だったが、相変わらず雨降り続いていたので元の道を戻る。徳ちゃんは10時ごろには彼と一緒に行こうと誘ってくれたが、雨の中では景色を楽しむことも出来ないので婉曲に断る。徳ちゃんはさすがこの山に精通しているようだ。千曲川源流に着いたころには雨も上がり薄日もさしてきた。一緒に行けばよかったと一瞬後悔したが、山は霧だろうと勝手に解釈して自分を納得させる。下りも順調。9時の毛木平駐車場に着く。一緒に下った横浜の女性によると南斜面の徳ちゃん新道は花が咲き乱れていたようだが、北側の千曲川源流ルートは殆ど花が見られないのが残念だった。かなり温度差があるのだろうか。ラジウム温泉で名高い増富温泉で汗を流し、また飲み、帰路に着く。これで百名山踏破は68座となった。
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# by shonanboy-no1ID | 2006-06-11 14:52 | 登山
登り始めてから2時間40分、千曲川信濃川水源地標に着く。汲めるほど水が湧き出てくるのは10Mほど下ったところ。ここから金峰山、国師ヶ岳から続く尾根までの登りは今回の山行きで一番息が切れたが、それは30分の行程を20分で登ったからかも知れない。程なく頂上。樹林をぬって登って来たのでさほと気にならなかった雨は、さえぎるものが無いとかなり強い。南西側には金峰山、瑞牆山、東に向かい富士山、乾徳山が煙雨の向こうに見えるはずだが想像するしかない。証拠写真を撮り、甲武信小屋に下る。かなり急な下り。明日雨の中を登り返すことを思うと気が重い。下ること10分少々。12時30分甲武信小屋着。4時間少々掛かった。我々が今日最初の客のようだ。恰幅の良いご主人が長いすに横になり、またかなりふくよかな中年の前のご婦人が本を読んでいる。第一印象はダレタ山小屋という感じ。しかし後で分かった事だが、このご主人は甲武信ヶ岳の登山道、徳ちゃん新道を切り開いた人。夕食後彼が撮ったハイヴィションDVD鑑賞会を催してくれたし、そのDVDを50人以上の宿泊者全員の無料で配ってくれたりして、第一印象とは違う優しいエンターテイナーであった。リピーターが多いのもうなずける。5時半の食事まで約4時間。外はかなり強い雨になってきたので近くを散策するわけにも行かず、結局飲むしかなかった。横浜から来た我が娘の年頃のお嬢さんがジョインしたので、思いがけずに華やかな宴会になった。持ってきたウイスキー、焼酎では足らず、1杯600円の八海山を何倍飲んだろうか。夕食はカレーライス。先ほどの徳ちゃん主催の鑑賞会の後、寝床に戻り消灯時刻まで更に飲む。下界に居る時より飲み過ぎたようだ。夜中に3回も目覚め、暗い雨の中をかなり離れたトイレに行くのがしんどかった。
 
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# by shonanboy-no1ID | 2006-06-11 14:51 | 登山